徳川時代の物価はどのくらいだったのか?

徳川時代のいろいろな値段は?

江戸時代の物価って一体どのくらいなのでしょうか。
私がでている授業でおもしろいデータがありましたので、そのレジュメ(パワーポイント)のデータをもとに紹介します。

三種類の貨幣(金・銀・銭)が併存

江戸時代には金貨、銀貨、銭(銅貨)の三種類があったことはご存じの通りだと思います。
帝国書院「図説日本史通覧」P167
帝国書院「図説日本史通覧」P167
日本国内で、地域的な偏りをもって、三種類の貨幣が流通し、取引されていました。なにか、現在の世界のようですね。

金貨・銀貨・銭の交換レートを確認しよう。

まず交換レートです。1625年現在のものです。
金1両=金・銀4分=金・銀16朱=銀16匁=銭4000文
これが  1764~71年の 明和年間には
金1両=5000文
と交換されるようになります。
先生の感覚で、1文は10円と換算されました。
あくまでも根拠は・・感覚とのことです。
だから、ここでは
1両=4000文=40000円
という換算式ですすめていきます。

注記:他のHPでの換算率について

 
※京都故実研究会「江戸時代の貨幣価値と物価表」というHP
(http://www.teiocollection.com/kakaku.htm)では次のような換算式を用いています。
江戸前期 25.0円/文
    江戸中期 20.0円/文
    江戸後期  5  円/文
江戸期の平均 16.5円/文
このHPには、詳細な物価表がきっちりと紹介されており、引用したりするときはこちらの方を使った方がよいと思います。
※江戸時代のちょっとびっくりな文化と生活「江戸時代の文化と生活」というHP
http://www.edojidai.info/bukka.html)では、いろいろなベースを元に換算しています。
 
     1両=  4 万円 (米ベースの換算・日銀による)
    1両=12~13万円 (そば代で換算)
            1両=30~40万円 (大工の手間賃で換算)
 
 こうしたなかから、このHPでは
    1両= 8万円 1文=20円 が妥当としています。

日銭稼ぎの都市住民収入は月収10万円以下

 まずは収入から、ここでは日銭稼ぎの都市住民の例です。
大工・左官・土方など 1日324~540文(3240~5400円)
1か月 6万~10万円    年収 72万~120万円
野菜棒手振(野菜の行商)1日100~200文(1000~2000円)
1か月 2万~4万円  年収69万~48万円
1日の数字と月収の間のずれがあるようです。
計算したものでなく、それぞれ別々の史料から出されたのか、月20日働いたぐらいの金額となっています。
古典落語の主人公や時代劇の名脇役の収入です。
かなり厳しい生活だったことが分かります。
1文=20円で計算しても、月収4万円~20万円
     やはり厳しい数字となっています。

中級武士でも年収160万円

では、武士はどうでしょうか。
先生が示したのは100石取りの中級武士の例です。
しかし、中小の藩では上級武士に準じる場合もあります。
100石取りというのは、100石の収穫が見込める土地分の年貢がもらえるということで、実際に手に入るのはその40%程度の40石ということになります。
武士100石取り 実質40石=40両
        年収160万円位(月給13.3万円
  という悲惨な数字となってしまいます。
中級でこの数字ですので、下級武士の場合はいっそう厳しかったことがわかります。
武士たちが、各種のバイトに励んだり、次男や三男を養子に出したことの意味が少しは見えてきそうです。

住まいは狭いが、家賃は安い

生活費の内の住居費です。町屋の家賃が示されています。
イメージ 1
江戸の長屋(写真・深川江戸資料館) http://blogs.yahoo.co.jp/seizoh529/46836013.html
ちなみに「一般的な裏長屋の広さは、間口が9尺(2.7m)で奥行きが2間(1.8メートル)というのが一般的な大きさで、部屋全体の大きさとしては6畳相当になりますが、土間や台所なども含めてその大きさですから、居間兼寝室となる部分は4畳半ほどしかありませんでした。」(「江戸時代の文化と生活HP」http://www.edojidai.info/kurashi/uranagaya.html)
ということで4畳半、1Kの住まいの家賃です
     文政年間(1818~29)の例です
    長 屋・・・ 1か月 800~1000文(8000~10000円

        棟割長屋・・ 1か月      500文       (5000円

この両者の違いはわかりません。先生が調べた史料の関係かもしれません。

一人一日5合の米を食べているが・・

    つぎは食料費です。
江戸時代の庶民の食事(再現)の拡大画像
江戸時代の庶民の食事(再現)http://edo-g.com/blog/2016/02/meal.html/edo_meal_l
江戸時代の人(とくに都市の住民)はわれわれの想像を超える量の米を食べており、一人一年間1石以上消費しています。
1日一人あたり5合前後の米を食べていたのです
ちなみに、昭和の初め、宮沢賢治が
一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ」(雨ニモマケズ)
と書いています。1合の米を炊いても数日間残るという現在とは大きな違いですね。
夫婦と子ども1人の3人家族で1年3石5斗4升と計算されています。
米以外の食品の価格について、現在とは雰囲気が違いますね。
牛乳2合2万円とか、ゆで卵1個200円とか、
びっくりしますね。食べ物というより薬だったのでしょうね。
魚も結構高価なものが多かったこともわかります。
      米代 1年3人分 3石5斗4升で約6両(24万円)
                  1か月2万円
 塩・味噌・油・薪炭代 1年約11両(44万円)
                  1か月3万円
その他の食料品と外食費
 豆腐1丁(現在の4倍の大きさ)56~60文(500~600円)
 納豆4文(40円)                    しじみ1升6文(60円)
 まぐろ1尾200文(2000円)

 初鰹1本(棒手振り売り)1000文(10000円)

 酒 1升 40文 (400円)慶安年間(17世紀中期)
      文化年間(19世紀初期)には 200文 (2000円)
 砂糖水 8~12文(80~120円) 水一荷4文(40円)
 牛乳2合2分(2万円)  ゆで卵20文(200円)

外食はどうかというと、これもそんなに安くはない。
いきおい、屋台で腹を満たす。鮨も天麩羅も屋台で食べられていました。
 鰻丼100文(1000円)のち400文(4000円)
 屋台で食べると
そば16文(160円)  握り鮨1個8文(80円)
  天麩羅1個4~6文(40~60円)
縄のれんで一杯
  酒1合30文(300円)
茶店では 4~10文(40~100円)
串団子1串5文(50円)  大福餅や桜餅一個4文(40円)
羊羹一棹66文(660円)

 さまざまな生活費

さまざまな生活費ともいうべきものの値段を示します。
   刻み煙草 10匁(38g) 8文(80円)
   灯油          1升(1か月分)    410文(4100円)
                      →幕末には    2000文(20000円)に急騰
           下駄         50~100文(500~1000円)  
           草鞋        12~16文(2000~3000円)
           蛇の目傘   1000文(1万円) 
           番傘   200~300文(2000~3000円)
           銭湯                  6文(     60円)   瓦版     4~30文(40~300円)
           宿場駕籠    250文(2500円)
           髪結                 28文(    280円)
             →19世紀以降32文(320円)→幕末は48~56文(480~560円)
           出会い茶屋利用料 1/4両=1000文(10000円)

人々の「楽しみ」の値段

人々の楽しみにかかる費用です。
歌舞伎の値段の上下の差、びっくりしますね。
また浮世草子などの本を買うのは非常に高かったことが江戸の貸本文化を支えたことも見えてきます。
歌舞伎小屋(HP「歌舞伎への誘い」より)http://www2.ntj.jac.go.jp/unesco/kabuki/jp/1/index.html
           歌舞伎 桟敷席 銀35~40匁(2~3万円) 
                 一般席    100文       (1000円)
                立ち見席              10文          (100円)
           相撲  桟敷席   銀43匁    (27000円) 
                                木戸銭   銀  3匁      (2000円)
          浮世草子                    銀25匁  (17000円)
今も昔も、一攫千金を夢見た人たち、当時の宝くじがこれ。

  富籤 12文 (120円)

1730年では賞金25両(100万円)が5人に当たるということでしたが、賞金はどんどんエスカレート。100両(400万円)から、ついには1000両(4000万円)にまで達します。

男性の「天国」?!吉原にいくと

   吉原の太夫の揚げ代 1回  1両2分(60000円)
 しかし、その裏返しで、こういった悲劇もあります。
  吉原への娘を身売り得るのが 50両(200万円)
      妻を身売りしたら  80両(320万円)
  娘は親の薬代のために、妻は夫の窮地を助けるためだった
  とのことです。

  病気や健康維持のためにかかる費用

     医者の診察代 1~2分  (1万から2万円)
     薬代 3日分               1分           (1万円)安政年間
                         按摩上下 1回        50文           (500円)
                同じ薬でも
                        避妊薬       1回       124文        (1240円)
               こんなものも、でも効果あったのかな?

  結婚持参金や教育費

       一般町人 5~10両 (20万から40万円)
豪商           500両      (2000万円)

上下の差が大きいですね。こんなのもあります。
不倫の示談金 1回 7両2分 (30万円)

  江戸後期に急速に増えた寺子屋にかかる教育費
       机・硯箱 250~270文 (2500~2700円)
   筆      一本    4文(40円)  墨    1つ12文(120円)
     半紙  20枚8~12文(80~120円)
入門料200~300文(2000~3000円)
他に炭代(暖房費?)や五節句のお礼なども必要です。

旅行にかかる費用は

  一度はいきたいお伊勢さん。もさかんになります。
 庶民の宿は安かったみたいで
    旅籠代200文(2000円)、木賃宿16~32文(160~320円)
    渡し船が、12~15文(120~150円)
東海道 大井川の図(広重)島田市博物館所蔵 HP「東海道川を渡る道」よりhttp://tokaido.canariya.net/1-rene-tokdo/5book/2bu/12_fr.html
     面白いところでは、東海道・大井川の渡し
 人々は人足に担がれて川を渡ります。
      人足料
         腰まで48文(480円)
         乳下70文(700円)、
         脇下90~100文(900~1000円)
水の深さで値段が違ったのですね。
 普通は人足の肩車で渡ります。
 でもお金持ちは四人で担ぐ輿にのって渡りました。
 当然、費用は4人分、水の深さで費用が違うのは肩車同様です。

参勤交代の費用は

庶民の旅でなく、大名方の旅行(参勤交代)にかかる費用です。
帝国書院「図説日本史通覧」P150
帝国書院「図説日本史通覧」P150

 

関東地方・群馬県にあった高崎藩 82000石でかかった費用
   片道 900両(3600万円)

九州の大藩佐賀藩357000石で参勤交代にかかる費用
    片道 2600両(1億400万円)
参勤交代の負担は大名に重くのしかかっていました。

借金の利息は

最後は借金の利息。享保年間(1716~35)の例です。
       1両(4万円)を借りた場合の利息が
   1か月1匁6分=74文(740円)、
      月利1.85%、単純に12倍した年利が22.2%
 複利ならもっと多くなります。現在なら許されない利息率ですね
少額金融はもっと厳しく、
 銭100文(1000円)について
   1か月4文(40円) 月利4%、年利48%
 というとんでもない利率になります。複利ならもっと増えることは先に見たとおりです。

江戸時代の値段から見えるもの

提示された例を挙げただけでも、いろいろなテーマが見えてきそうなですね。
本来なら、自分で調べたものならよかったのですが、全くのパクリです。
個々で出された数字は、担当の先生が、いろいろな史料をみて出てきた値段を記されたものだと思います。
江戸期は物価の変動が小さかったとはいえ、約270年の長い時間であり変化があったことは確かです。
先に見たように、「1文10円は自分の感覚でしかない」と何度も話しておられましたのでとくにご注意ください。
最後に、このデータは先生が授業のなかで時代のイメージをつくるために出されたものであることにご留意ください。

なんとか「終戦」までは! ~「お助けプリント」を準備しました。

なんとか「終戦」までは!
~「お助けプリント」を準備しました。

とうとう12月、2学期の期末考査の時期です。
毎年、ぞっとする時期です。
というのは、残っている授業時間があまりに少ないから
残る授業は、3年生で実質2~3週間2年生は約2か月
そこで、指導手帳に講座ごとの授業時間をまとめ、その枠内で教える内容を考える。
是非教えたい内容も涙を呑んで削る。
それでも、どうしても時間が足りない。
何としても日本国憲法の制定、少なくとも終戦まで」という目標をあきらめなければと思う時期です。
「まあいいか、できたところまで」と考えてしまいますが、桑田佳祐の「知りたいことは時間切れ」というフレーズが頭をよぎり「本当にそれでいいの?」という心の声が聞こえます。
昨年もそうでした。
2学期の期末考査時点で、やっと日露戦争が終わったところ。(「日本の産業革命」や「条約改正」を犠牲にしてもこのありさまです。)
普通のやりかたなら大正で終わり、終戦までは絶対無理という場面です。
しかし、毎年、こんな状態でも予定まではやりきります(^_^)v
その手段が超短縮プリントと、ビデオの併存です。
ということで、昨年度(それ以前から(^_^;)も)使用していたプリントをアップすることにしました。
実際には、さらなる短縮版も作っていますが。
今回は、ちょっとええかっこして量を増やしすぎました。
日本史Aの資料室」に「時間短縮用プリント(大正期~占領期)」としてアップしておきます。「なんや、いつも書いてる内容とえらい違うやないか!」とのご批判もあるかとは思いますが、実際はこんなものです。プリントのネタの多くは、例によって旺文社「教科書よりもやさしい日本史ノート」(監修:石川晶康)です。
(注記:当方のミスで同じプリントばかりが表示されていることに気がつきました。今回、正しいプリントに訂正しましたので、ご利用ください。17.4.26記)
またビデオはユーキャンの「昭和と戦争~語り継ぐ7000日」シリーズを使っています。2巻・赤紙が届く日(昭和11~12年)、4巻・立ち上がれ少国民(昭和16~18年)、6巻・本土決戦の覚悟(昭和20年)を飛ばし飛ばし見せていました。どう見ても不要な所や「ン?」という所もありますが、おおむね良心的に作られているように感じます。
さらに時間に余裕があるときは、7巻8巻という戦後編も見せていました。
6巻についての授業用プリントもアップしておきますので、ご覧いただければ光栄です。