琉球処分の勅語

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琉球処分にかかわる命令

<琉球藩御処分二付内務卿ヘ勅語並該藩王ヘ御達案之改正>

明治十二年三月十日
琉球藩御処分二付内務卿ヘ勅語並該藩
王ヘ御達案之改正

<本文>

琉球藩王尚泰

去ル明治八年五月廿九日並二同九年五月十七日ヲ以テ御達ノ条件有之処使命ヲ恭マズ実二難被差置次第二立至リ依テ廃藩置県被仰出候条此旨相達候事

明治十二年三月十一日

太政大臣

<参考:現代語訳>

  明治十二(一八七九)年三月十日
琉球藩の処分に付いて、内務卿へ伝える勅語(天皇からのおことば)と該藩王(琉球藩王尚泰)へ伝えるお達し案の改正

 琉球藩王尚泰

今を去る明治八(一八七五)年五月二十九日①、ならびに明治九(一八七六)年五月十七日②に天皇陛下からお伝えした条件がありましたが、その使命をうけいれようとされないので、ほっておくわけにはいかない事態に立ち至り、よって廃藩置県をせよと仰せになりました。此の旨を通達致します。

明治十二(一八七九)年三月十一日
太政大臣

①1875(明治8)年5月琉球処分官・松田道之が任じられた際与えられ、7月訪琉した際伝達された以下の命令であると思われる。
㈠清国への進貢使派遣および清国から冊封を受けることの禁止、
㈡清国年号をやめ明治年号を使用すること
㈢明治政府への謝恩使として藩王尚泰自ら上京すること、など

②1876(明治9)年5月の琉球藩の裁判・警察事務を内務省出張所管轄とするという命令をさすと思われる。

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