45年前の卒論を「本」にしてしまいました。

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簡単に本が作れるということに味を占め、
「元高校教師の近現代講座」とは別に本を出すことにしました。
45年前、大学に提出した卒業論文をもとにした本です。
今どき、そんなもの出してどうするんだという声が聞こえてきそうです。
私もそう思います。

それでも、私が物を考えるときの土台となっており、思い入れがあり……。

数年前、読みやすいようにしようとおもい、
少しずつワープロで打ち込んだものの、
信じがたいほど長文で気力がもたず
<当時の先生方、ごめんなさい……m(_ _)m>
未完成になっていたものを、完成させました。
完成すると、
「どうせなら、本にしてしまえ」「国会図書館にも放りこんでしまえ」
という変な「虫」がうずきはじめ、PODのやり方で出版することにしました。

「注」を整理し、「てにをは」を直し、
どうしても許しがたい部分だけを改定しました。
基本的な内容は45年前のままであたらしい研究は反映されていません。

あわせて、あの時代に考えていたことについて以前書いた文章と、
あの頃の知識をもとに記し大学の授業に提出した「史学史」のレポートを加筆して載せました。
アマゾンでも買えますので、リンクを張っておきます。

以下、この本の「紹介文」「目次」と「まえがき」です。

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<内容説明>
金光教の教祖、赤沢文治の信仰のなかに「下からの近代」化の萌芽を探るとともに、明治政府によってすすめられた「上からの近代化」にどのように向き合ったのかをさぐろうとしたもの。
1979年1月に大学の卒業論文として書いた文章を活字化した。
あわせて、当時の問題意識を記した「明治維新と日本の近代化~大学時代に考えたこと、そして今」および、マルクス主義における歴史観をまとめ、それをもとに戦前からの「システム論」にいたる史学史を整理した「マルクス主義史学の可能性について」も加えた。

<目次>
◎「民衆的近代」の模索~赤沢文治と日本の「近代化」
序 章  目的と方法
第一章  信仰形成の条件と過程~大谷村と赤沢文治
第二章 「内なる封建制」の克服~文治の信仰の構造
第三章 「上からの近代化」と「民衆的近代化」~「文明開化」の政策と文治
第四章 「民衆的近代化」の崩壊~文治の信仰の展開の二方向
終 章 「民衆的近代化」としての金光教
◆解題にかえて 明治維新と日本の近代化~大学時代に考えたこと、そして今
◆マルクス主義史学の可能性について
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<まえがき>
本論文「『民衆的近代』の模索~赤沢文治と日本の『近代化』」は、約45年前卒業論文として提出したものを、文意を損なわない程度の改訂を行い、活字化したものである。
今ごろになって、このようなものを出すことについての、見苦しい弁解を記すことでまえがきにかえたい。
わたしは、2016年公立高校を退職、再び歴史を学び直したいと考えた。そのとき私のそばにあったのは、約40年間の教師時代のささやかな蓄積と、大学時代5年間のきわめて濃密な学びであった。大学の5年間、友人たちと語り、学び、授業も出ず馬鹿をやりあっていた時代、その象徴がこの論文である。
改めて歴史を学び直そうとしたとき、そこで「近代」を考えたとき、いつのまにかこの論文とそれをつくる過程で考えたことに戻っていた。先日出版した『元高校教師の近現代史講座・幕末明治編』をまとめたのだが、ふとこの卒論を見直すと、論点の多くがこの卒論の中に隠れていたことに驚いた。
こうしたものである以上、そのままにしておくには忍びがたく、何らかの存在の証しを残しておきたい、それ以上に、もっと使いやすい形で手許に残しておきたい考えた。
そうしたなかPODという形式ならば気軽に書籍化でき、しかるべき場所に収めることも可能と知り、恥を忍んで出版することとした。
あわせて数年前に書いたものの宙に浮いていた一文「明治維新と日本の近代化~大学時代に考えたこと」を解題代わりとして大幅加筆し、さらに主として45年前の知識をもとに書いて、大学の授業で提出した「史学史」のレポートをも加筆、あわせて掲載した。

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