いろんな手法を試してみたい~自由民権編UPしました

いろんな手法を試してみたい。

~自由民権編をUPしました。~

自由民権運動を中心とする明治一ケタから二十年前後までの授業案をUPしてみました。
わたしは、歴史の授業において、いろいろな歴史学や社会科学など諸科学の分析・叙述の方法を用いたいと、非力を顧みず考え、やってきたつもりです。
それは、生徒たちの将来にとって有効だと考えています。
生徒が、特定の立場や方法に固執するなく、複眼的な視点を持ち、いろいろな角度から、自分を取り巻く社会や世界を分析し、行動する指針として欲しいからです。
日本史でありながらも、東アジアや世界に開かれた汎用性のある学びを得て欲しいからです。
一つ一つの歴史事象について、いろいろな角度から見る力をつけて欲しいからです
こうした考えから、全体の流れからずれない程度で、時間を見ながら、いろんな歴史理論や社会科学などの方法を意識し、授業を進めきました。
「開国」のあたりではシステム論とはいえないまでも資本主義の成立がアジアにどのような影響を与えたのかを、明治維新では国民国家論を、外交の所では主権国家や華夷体制という国際関係論をそれぞれ意識し、文明開化のあたりでは民衆思想論にも触れられたかなと思っています。
今回の自由民権を中心とする明治一ケタから十年代の歴史については階級という視点を少し使って導入してみました。
明治維新、文明開化という大きな流れの中で、
士族・農民・豪農豪商というそれぞれの階級がどのような立場に置かれ、どのように考え、行動をしたのか。といった分析を基礎におきながら、政府の動きとのかかわり、西南戦争後のインフレと松方デフレという経済の激動がそれぞれのグループにどのような影響を与え、運動をどのように変革させたのかにも触れました。
最終的には、豪農が寄生地主化することで、自由民権運動、そして明治国家、戦前の経済がどのような事になっていくかも展望したつもりです。
階級を意識した分析は、世界史では、フランス革命のところでとくに有効でした。というか、これを使わないと、うまく説明できませんでした。
階級(闘争)論というマルクス主義的な手法は時代遅れという人も多いかもしれません。
しかし、階級ごとに分析し、それぞれの置かれた状況、願いや考え、そして具体的な行動をみていく、というやり方は、現在を分析する上でも有効な手段と思いますし、こうした分析方法を知ることは高校生にとっても意義があるものだとと思っています。

勉強ができないのは、努力がたりないせいか?

ほんとに勉強ができない生徒がいる。悲しいほどできない。

 

しかし、なぜ勉強ができないのか、どれだけ説得的な説明がなされているのだろうか。

学校現場では、ある仮説によってもとづく説明(ごまかし?)がなされる。
この仮説が崩壊すれば、学校は維持できないかもしれない仮説が。
勉強ができないのは本人の努力が足りないのだ」という仮説が。
そして、高校現場では、努力がたりないから、単位がとれない、進級できない、退学をせざるえない、それは本人の努力不足だ、自己責任だとして、こういったことが正当化される
教務部長は始業式で、教科担当は教室で、担任は面談で、
異口同音に、「お前の努力不足だ。もっとがんばらへんかったら、大変なことになるぞ」と脅迫する。
確かに、努力不足の生徒の存在は否定しない。
いやいっぱいいる。
だからこそ、あの仮説にしがみつくのだ。
しかし、多くの教師は、この言い方の胡散臭さもうすうす感じている。
よく言う言葉、やや差別的な言い方であるが、
職場でよく聞こえるせりふ。
あいつ、本当にやばいで
いくらやってもすぐ忘れてしまう
何も分かってない
そもそも
日本語が通じない!
少しの努力で、少しの努力もせずに、かなりの結果を出せる生徒がいる。
ものすごい努力をしても、時間を掛けても、なかなか、まったく結果の出ない生徒もいる。
席に座りつづけることが苦痛で、なにかしゃべっていないと不安な生徒もいる。
言葉の理解が困難な生徒もいる。
そりゃそうだろう。
先天的、後天的な様々な事情で、資質の違いがあることぐらいだれでも知っている
smapの歌ではないが「普通の人」なんかどこにも存在しないのだ。
 それぞれ、”only one”の存在なのだから。
近年、現場では「発達障害」のことが話題になってきた。
人間には「個性」などという言葉では間に合わないくらいの差異がある。
「発達障害」といっても、深刻な人もいれば、
「自分にも当てはまるな!」と思う程度の人もいて、途中でラインを引くことは困難である。
特定の能力は「普通」なのに、 ある分野に集中して「課題」があるものもいる。
「発達障害」ということばで、ひとまとめに言い切ってしまうことは難しいし、危険だ」ということに気がつき始めている。
しかし、たしかに努力してもなかなか報われない生徒がいる。
そして、それが成績などに、結果として出てくるのだ。
そんなことは、われわれも実際の生活で分かっているではないか。
ここで難題がでてくる。教育を実践する教師としての課題。
目の前の生徒をどうするのか?
教課審議会の元座長氏(作家!であり元文化庁長官!)のように
努力しても無理だから、実直な精神だけを養えばそれでいい」 と、あきらめてしまうのか?
それはできない。
わたしたちは、それぞれの人間が、それぞれ、いろいろな道筋を経て、 発達することを知っているし、そうした事例に感動する
それが付け刃に過ぎないとわかっていても
かなり無理があることが分かっていても
努力をあきらめさせてはいけない。
現場の苦闘はここにある
生徒の発達の仕方は、いろいろな道筋をたどる。
本来なら、ひとりひとりにあったプログラムが必要なのであろう。
しかし、高校現場、とりわけ全日制の現場で多数の生徒を相手に、 しかも教科ごとに教科担当が異なる中で、個別の対応することは無理に近い。
最近は、とりわけ課題が深刻な生徒については、個別プログラムを準備する、要求されるようになってきた。
それが、さらなる負担を現場の教師に強いていることも事実だ。
時間がとられ、課題のやや軽い生徒へのケアがおろそかになる面もある。
こうした取り組みの困難さを、「生徒が努力しないから悪い」と仮説で自分をごまかし、言い逃れてきた面があるのもたしかだ。
 
教師の多くもこのことの胡散臭さをうすうす感じている
※現役最後の始業式の教務部長のあいさつを聞いて感じたことを書いてみました。
 結論のないままになってしまいました。
結局、「同じ仮説にしたがって、やっていくしかない
という結論になるのが現場かもしれません・・・。

「おはよう」と「おはようございます」

おはよう」と「おはようございます」

どこの学校でも、朝の立ち番(業界用語で「登校指導」という)があった。
遅刻者や服装違反などを取り締まることがもともとの目的で、
ときにはせっかく登校してきた生徒を追い返して再登校を命じることもあった。

 

たまには、怒鳴り声や捕り物も発生する。
弁護士会から指摘を受けたこともある。
管理教育批判の人たちからは、「管理主義の象徴」のような取り組み。

しかし、今回はそのような生臭い話ではなく、
もっとフツウの話。
登校してきた大部分の生徒は、
つぎつぎと「おはようございます」とあいさつをし、
先生方はそれに対し「おはよう」「おはよう」と返事を返す。
和やかにも見える風景だ。
そのようななか、「おはようございます」と、
ひとりひとりの生徒に、とても丁寧に挨拶をする先生がいた。
その様子が、とても真摯で、とても素敵なのだ。
その「おはようございます」のことばの中に、
生徒一人一人をとても大切にし、同じ人間として対応していることそれだけでよくわかるのだ。
私もまねてみた。
おはようございます」
おはようございます。
ところが、あの先生なら何も違和感も感じないのに、自分がいうと、何か違和感を感じてしまう。
生徒との間に、距離をおいているという、よそよそしさを感じてしまうのだ。
何か、慇懃無礼な態度をとっているように感じ、
自分の胡散臭さを感じてしまうのだ。
おはよう」という、上から目線の対応の方が、
親しさを示しているようで、近い立場にいられるように感じられるのだ。
しかし、相手に「ございます」といわせ、こちらが「おはよう」とふんぞり返っているかのような言い方への違和感もある。
一人称を「先生は・・・」と話す先生がいる。かなりいる。
この言い方に違和感を感じていたが、
いつの間にか、自分も「先生は・・・」という上から目線になっているのだろう。
結局、「おはよう」と「おはようございます」、
理由もなく、このふたつの言い方を併存したまま続けた。
苦笑をしながら。
結論のでないまま、この仕事を離れた。
先生方、どっちを使いますか?
という軽い気持ちで、深い意味も考えず、書き出したこの文章。
よく考えると、このなかに、教師という仕事の性格があらわれているのかもしれない。
もう少しで40年という教員生活、
いつまでたってもすきになれなかったのは、
この違和感だったのかもしれない。
しかし、生徒になんの違和感も感じさせず、周りからも距離感を感じさせずに「おはようございます」と声をかけつづけられた
あの先生のようになれなかった自分の教師生活、
その偽善性を感じ、反省することしきりである。
※退職前後に書いた文章ですが、発表する場所もなかったのでUPしておきます。

歴史研究と歴史教育 ~歴史学の叙述と歴史教育の「叙述」について

歴史研究と歴史教育

     ~歴史学の叙述と歴史教育の「叙述」

 この授業中継、とくに幕末編、維新編を書きながら、ある先生のまなざしを気にしていました。授業を聴講させていただいている先生で、維新史の権威です。この授業中継にも先生の研究成果を使わせていただいています。「通説より細かい」内容のいくつかは先生に学んだものです。
 先生は、一枚の史料、その中の一語一語をゆるがせにせず研究をすすめることで、それぞれの事象を当時の状況にひきつけて掘り起こしその意味を考えることで多くの成果をあげられています。
今までの維新史研究は何も解明していない。この程度のこともできていないのだから」と毎回、毒舌が炸裂します。
「即位と践祚のちがい」、慶応四年と明治元年の区別、王政復古は1867年か1868年か、などなど、
私のような雑な人間にとっては些細とも思えるところも決してゆるがせにされません。こうした強い信念の元に研究と授業を進められます。だからこそ、「維新史の研究は全然進んでいない」という発言になるのです。

こうした先生の立場から見ると、私の授業案は、史料にも十分裏付けされず、研究史も踏まえておらず、想像と伝聞ばかりで議論を進めているとみえるでしょう。「こんなものは歴史ではありません」ということばが聞こえそうです。怖くて見せられないし、これからも無理でしょう。

 

でも、少し居直らせてください。高校の授業は、二単位ものなら、形式的には七〇時間、実際には六〇時間以下、四単位なら一四〇時間、実際一〇〇時間をいかに超えるかという時間的制約があります。

かれらは、部活や生活など、日常で疲れきっています
こうしたなかで、かれらにとって無関係にも見える日本史の授業をしていくのです。
だから、必要なことであっても省略したり、単純化したりする必要があります。このことは何度も書きました。
私は、学校での歴史授業は歴史だけを教える時間じゃないと思っています。歴史を通じて現在の日本や世界の課題、社会科学など隣接の学問内容の話もしたいし、歴史上のトレビアや与太話もします。歴史上の人物を語る形で生き方を語ることもあります。
校内で問題になっていることも、生活指導にかかわる話もします。脱線させることも大切です
逆に、生活指導などの局面では、頭髪検査とか何たらチェックとかいって、学校として脱線させようという動きが出てくるので困ったもんだとは思いますが・・。
授業の話に戻ります。
時間がないからといって、細部にこだわらないということではありません。見てもらえば分かりますが、
ときには思いきり細部にこだわります。
概説書ではたらず、いろいろな本やあやしげなネットも見ます。多少フィクションもまじえます。
細部をみることで、事件や関係者の姿がリアルにわかり、それを分析することで時代がわかるからです。
幕末編ではとくに細部のエピソードについて多く記しました。
みなもと太郎「風雲児たち」 漫画家みなもと太郎が40年近くにわたって描きつづけている大河ギャク漫画。豊富な取材によって描き出される歴史像と暖かい人間造形にファンも多い
たとえば小御所会議の叙述、先生の目も気になってかなり調べました。容堂を刺そうとしたのは岩倉か、西郷か、そもそもがフィクションだったのか、とか
上賀茂巡幸で高杉が「よっ、征夷大将軍」とやじった話は本当か、とか、高杉の功山寺決起はどこまでが事実か、とかも気になりました。
高杉のエピソードが多いですね。
恥ずかしながら、私の脳の中には司馬遼太郎(と、みなもと太郎)がしっかりと根を下ろしていて、その呪縛から逃れることはなかなか難しいのです。
みなもと太郎(とくに幕末編)は、ある程度信頼していますが、司馬遼太郎は難物です。さも本当のように怪しいことをいいますから。だから、こうしたエピソードはチェックしました・・。
でも、チェックが甘くなったところも多いかもしれません。
授業での自分の話し方を分析して、面白いことが分かりました。いつのまにか、丁寧語・標準語ではなしているところと、関西弁でちょっと雑に話しているところがあるのです。丁寧語は教科書的な定義のようなこと。教科書で言えば本文にあたるところ。関西弁は注釈や補足説明、たとえ話などです。こうした関西弁にあたる部分をいかに展開するかも重要な課題です。
わたしの授業中継では、関西弁の分をできるだけ記そうと考えました。関西弁だらけかもしれませんが。
一般論とか「これとこれを覚えなさい」といういい方は、受験校では通用しても普通の高校では通用しません。生徒がこっちを向いてくれないし、興味を持ってくれないという事もあります。居眠りの大軍ならまだましで、雑談の嵐となれば処置なしです。気の弱い私は本当に神経がやられました。いまだに生徒に無視される夢を見ます。
細部にこだわった先生の授業はネタにつかえる部分が多くありました。「堺事件」からは慶応四年攘夷実行ができると期待していた知識人でもあった武士の「抵抗」と新政府の外交姿勢が、天皇像の変遷からは前近代の天皇像と絶対主義的に着色されていく天皇の姿が。授業ではこんな風に使えるな、とおもって少し授業中継のなかに入れてみました。
他の先生方もそうですが、大学の先生方がポツッと当然のことのように話されるエピソードの中にすごい宝が隠れているのがこの年になってよくわかります。それこそが、長年史料や古典にあたり、研究への格闘してこられた経験が裏付ける力なのでしょう。私のようなものには、とうてい歯が立たない深みです。これからも学ばせていただきたいと思います。
私の授業中継では、まずは日本史Aの全範囲の授業案を作ろうと考えています。教科書程度の知識とちょっとばかりいろいろなことから学んだ程度の知識でこれをやろうというのだから無茶苦茶です。でも気になったり、怪しいと思うところは、それなりに調べるようにしたいと思っていますて。
先生の言われるような丁寧な説明はできません。「即位と践祚の違い」ぐらい(というと激怒されそうですが)は許してください。でも、できる限り、日本史の研究成果は踏まえたいと思っています。そうしないと「歴史修正主義と変わらない」ですから。
研究と教育は違います」と冷たく言い放たれそうです。
そうです。歴史学と歴史教育はちがう課題に対応しています。
したがってその叙述内容も方法も(中高の教師は基本的に授業実践が自体が歴史叙述です)も当然違うものです
わたしが、めざしているのも、受験目的ではない高校の日本史授業の叙述です。授業実践の参考になればと思って作っています。もちろん歴史学の成果にできるだけ学びたいですし、学んでいきます。
でも、「歴史教育は歴史学の子分ではありません」。
それぞれ独自の課題を持ち進むものだと思っています
 勝手なことを書いてきました。

でも、この授業中継をつくるにあたって、やはり先生のまなざしを意識し続けたいと思っています。

無茶な事を書きながらも、歴史修正主義のような事実を曲げることはないか、史実に忠実であるか、研究史をいかに踏まえているのか、現在の課題や学校現場の要求に答えられるものであるのか、自問自答しながら、次の時間の授業中継を作っていこうと思っています。

<蛇足です>
もし歴史の教師をめざす人がいれば、いろいろなエピソードをその時代の歴史の流れやその意味とからませて押さえておいてくださいね。

みなもと太郎なんかはとっても参考になります(^_^;)
内容も、その扱い方も・・
理論的な話や一般論、とくに○○的とか××制なんて話は、ちょっとやそっとでは伝わらないので、どんな風なたとえ話がよいか、とかいろいろ考えておいてくださいね。