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2021年、新年のごあいさつ

  あけまして
  おめでとう
  ございます

旧年中は、多くの方のご訪問をたまわり、ほんとうにありがとうございました。

本サイト、「日本近現代史の授業中継」は2016年4月の開始以来、四年目をむかえております。
 2020年は、9月以降、内容を一部をのぞき全く更新しなかったにもかかわらず、年間で21万7000アクセス(のべ10万7200人)ものかたに閲覧していただきました。
 また開始以来のアクセス数は682791アクセス(のべ30万6600人)です。一年目のアクセスが5176(のべ1885人)であったことから考えると、驚くべき数字です。歴史用語をネットで検索したら、このサイトが「いの一番」に出て、うれしいやら、これでいいのかと戸惑ったりもしました。
とはいえ、少しはみなさまのお役に立っているのではないかと、うれしくもあります。
 ほんとうにありがとうございました。

一昨年は元号の切り替えということで大騒動していました。
元号の変更というものは、歴史の区切りという意味では何の意味もないことながら、明治から大正へは第一次護憲運動=大正政変、大正から昭和では金融恐慌、昭和から平成はバブルの崩壊、と改元の直後、不思議と大きな出来事がシンクロしてきました。ひょっとしたら今回も・・、と思っていたら、コロナでした。「こうくるか…」という思いです。これまでの出来事は、その歴史的意味が分かりやすかったのに比べ、今回は、その意味が現状では見えてきにくいという違いがありそうです。
アメリカではコロナの死者が大戦での死者を超えるなど、世界中で大きな影響を与えており、その世界史的意味を問う必要がありそうです。

コロナは、現在の民主主義にとってもっとも大切にすべき「人と人との結びつき」にくさびを打ち込んできました。人間が人間である上でもっとも重要な「社会」を危機におとしいれる危険性を持っています。これにたいし、この危機の中で人間同士の結びつきをいかに確保・発展させていくかということが問われているように思います。
コロナは否応なく、人と人の結びつきを変化、バージョンアップを余儀なくしました。それは、困った問題だけとはいえないのかも知れません。
今年、私は、今までは敷居が高くて、開催場所が遠方であるため、参加できなかったいくつかの取り組みや学会に参加しました。ZOOM開催となったからです。参加者のナマの声を聞けないもどかしさはあるものの、私のような外野(というかスタンドの観客)にとって、敷居が高くて躊躇してきた場所にも踏み込める機会が与えられ、非常に感動しました。そしてそれまでの距離感を一挙に縮めることができました。本年の歴研大会は近年まれに見る「参加」だったと聞いています。これまでのあり方は当然維持するとしても、ネットでも参加できるルートを是非、維持していただきたいと思っています。

研究でいえば、近年、インターネット上から、史料や論文にアクセスすることが可能になりました。コロナは、ネット環境を利用した学びや研究を否応なく進めた一年でした。(他方、感染予防の観点から大学図書館の一般利用が不可能になった大学がでてきたことは、私のような人間にとっても大きな打撃でした)。
私は、昨年から新聞の紙ベースでの購読をほぼすべて中止したのですが、逆にネット上の低価格のサービスを申し込むことで、より広く全国の記事に、過去の記事も含めてアクセスできるようになりました。(紙ベースの新聞を取らない弊害も強く感じていますが)。
YouTubeではこれまでなかなかアクセスできなかった多くの情報が玉石混淆のまま、ときには素材のまま流されます。
私たちは、コロナ禍にむきあいなかで、新たな「学び」のあり方、社会のあり方、民主主義のあり方、「新しい公共」が問われる時代になってきたのかもしれません。そして、本年はそのことがより問われる一年になるかと思っています。

さて、先にも書いたとおり、本サイトの記事は8月以来、事実上ストップ状態です。それは、本年度になって本格的に開始した社会人講座に、講師のひとりとして招いていただいたことにあります。その準備に忙殺されているためです。
しかももう少し余裕ある予定だったのが、コロナのため9月始まりとなり、予定が「密」状態になったためです。メインの「授業」のなかの、日清・日露戦争の部分などは、その内容を反映した書き直しましたが、多くの部分には手をつけられていません。
一区切りついた段階で、講座の内容も文章化し、さらには「授業」部分についても更新していきたいと考えています。それでご容赦ください。
なお、講座の内容については、「近現代史を考える講座」のなかの、学習会の記録という場所にレジュメとプレゼンテーション資料を保管しておりますので、見ていただければと思います。

新年早々、だらだらと書いてしまいました。
本年も、みなさまがたのお役に立つ内容を提供できるよう努力してまいりたいとおもいます。

是非、お誘い合わせの上(?)、当サイトへご訪問してくださることをお待ち申し上げております。

最後に、みなさまがたの健康とご多幸を祈念いたしまして、新年の挨拶とさせていただきます。

本年もよろしくおねがいします。

2021年1月1日
          「日本近現代史の授業中継」店主

「追いつけ追い越せ」「開発独裁」「日本人の創出」~明治維新編によせて

「追いつけ追い越せ」「開発独裁」「日本人の創出」~明治維新編によせて~

 明治維新編をアップしました。

今の研究環境はすごい!

大学で課されたレポートとかかわって、自分の先祖につながる人を調べていました。すると、つぎつぎと面白い事実が出てきて、先祖の戸籍をあつめ、市史や県史をよみ、ネット上から国会図書館や郷土資料館などのデータにアクセスし、大学図書館からも史料を探し、なんてことをしているうちに、しっかり一ヶ月使ってしまいました。
しかし、いまの研究環境の進歩はすごいですね明治や大正時代の官僚名簿や、昭和初年の業界史や郷土史が国会図書館のネット上で簡単に見られました。著作権の関係で見にくい国会図書館の書籍も、大学図書館の協力で閲覧・複写できました。
台湾総督府で働いていた人物の足取りを検索エンジンでつかまえることもできました。
おかげで、名前しか知らなかった私の曾祖父の写真ゲットすることもできました。
こうしたことで、先祖調べにはまってしまい、一区切りつくまでと調べている内に、六月をまるっぽ使ってしまい、HPの更新ができませんでした。

近代日本のテーマ「追いつけ、追い越せ」

さて、「明治維新」の範囲、こんな無茶苦茶を書いていいのかと思いながら、作ってみました。
昨年の授業でやった内容を元に書いているのですがどうも大胆な仮説ばかりで、生徒にそんないい加減なことを教えていたのかというご批判もいただきそうですが、ご容赦ください。
見ていただければ分かりますように、近代日本のテーマを「列強に追いつけ、追い越せ」とまとめてみました。
その中心は軍隊の近代化から、しだいに条約改正交渉の基礎となる広義のインフラ整備へと移っていきます。
それを実現するための強大な権限をもつために、天皇の権威を利用したこと。
天皇の権威をにぎりつづけた大久保や岩倉をはじめとする少数のリーダーが開発独裁的に強引な欧米化政策を進めたという流れを中心にまとめています。この言い方は、数年前から始めた言い方です。

「開発独裁」ということ

開発独裁」などという大胆ないい方をつかっていいのかとも思いましたが、大学時代に受けた先生の授業で聞いた話を思い出し、ネットでも授業の実践例があったので使ってみました。
ついついソ連や中国の「社会主義」の方が似てそうだと知ってて脱線させました。
こんなふうに、実際の授業では、かなり大胆な話をするのですが、さすがにそれをおこして、ネットに載せるのは躊躇しました。まあ、しがない元高校教師の思いつきということで、大胆ないいかたをしています。
というのは、歴史の授業というのは過去のことのみではなく、現在の世界を分析する手段を生徒たちに与えたいと思っているからです。過去のこの事例と、現在のこの事例、こういう面では共通しているところがある」といった目を養って欲しいからです。
ある意味、高校教師は楽です。研究者の皆さんがいいたくてのど元まででかかっていても、しっかりした論証がなくていえないことをいってしまいます。ただし、「こんな風に考えられないかな?」という形で。
居直った言い方をすると、かなり大胆にいわないと生徒には歴史の意味も含めて、生徒には伝わらないのですよ。きっと、批判があると思いますが・・・。

「開発独裁」、辞書によると

もとにもどして「開発独裁」の件、ネット上の辞書を見てみると、以下のような記述があったので、ある程度安心しました。
<以下、引用>
「開発独裁」
経済発展の途上にある国の政府が、国民の民主的な政治参加を抑制しつつ、急速な発展と近代化を目指す体制。福祉や自由の尊重などの政策は後回しにして、工業・資源開発・土木・軍事部門に経済資源を優先的に配分し、国力の底上げを図ろうとする。第二次世界大戦後の韓国やフィリピン・インドネシアなどに見られたが、政権内の腐敗を招くことが多かった。広義には第二次世界大戦前のドイツや日本の体制、ソ連など共産主義国家の体制をも含む。
「デジタル大辞泉」
<引用終わり>

「国民」(=「日本人」)の創出という視点

 また、近代国家を形成するという点に関しては、「国民(「日本人」)」の形成という視点を重視しました。
昨年度の授業から、おっかなびっくりだったのですが、幕藩制(「ヨコのカベ」)と身分制(「タテのカベ」)という「二つのカベ」を取り除くことが「日本人」を形成する大きな前提になるという風に説明してきました。
今回は、授業中継としてまとめる中で少し深めてみようと思いました。ちょうど、本年度前期にうけた大学の講義の中でネーション(「国民」「民族」)の形成の話があり、ネーションの形成には公教育が大きな意味を持つというゲルナー「民族とナショナリズム」の説が紹介されたこともあり、日本ではどうだったのだろうということで、教育にかかわる内容も触れてみました。

ネーションとしての日本人の成立を追求すると、さまざまな意味での江戸時代のユニークさ・面白さがもっと際立ってくるような気がしました。

とおもって近年の歴史の研究書を見ると、1990年代以降の歴史学の世界の人気のテーマが「国民国家」だったんですね。自分の不勉強さを暴露してしまいました。

また思いつきで使った「二つのカベ」ということも、言い方は別として、研究者も使っていたので、これまたほっとしました。
 よく考えれば、教科書や啓蒙書、あるいはテレビなどを通じて、新しい研究を学べていたのだということを身にしみて感じた次第です。
< 注記>
本来なら7月中に出すべき内容の文章だったのですが、放置していたため、あとから出した自由民権編と順番が逆になってしまいました。ちょっと不細工になったことをお詫びします。