国定教科書の代わりに「入試」がある。

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歴史用語削減案の中心として頑張っておられる桃木先生のFBでの投稿への返信として書いた文章を転載します。
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高校から受験指導を外すことは、信じ難いほど大変でしょう。桃木先生もうすうす感じられておられると思いますが、実は多くの教師は教えるべき何かを見失っています。見失った彼らの「精選」の一つの基準はなんのことはない「入試」です。かつての国定教科書の代わりに入試がいるのです。入試に世界史や日本史を使う生徒が一桁いるかどうかの高校でしか教えていなかった私も長い間、その引力圏内にいました。他の基準はなかなか見つかりません。(最終的には、面倒臭くなって、某問題集を利用しましたが)

高校では、入試でいかに多くの点数をとれるかが、いつの間にか課題になっています。しかも、大学で65点(位かな?)を平均点とするために敢えて高校で教えない部分を攻めてくる問題が出されればだされるほど高校の指導はどんどん隘路に入っていきました。その手法として教えられることが少ない範囲での記憶に頼る問題が多くなってきたからこそ、高校の歴史教育を歪めつつあるのでしょう。
私の学校などはおりざるを得なくなりました。それなら、何かを基準にするか、それが課題となります。ここに国家権力が介入することが、最悪のシナリオです。だからこそ、今回の提案の意味があるのです。逆に「良心的」に削減案を批判する人の中には、こうしたシナリオに利用されるのではという怖れを感じている人がいるのかもしれません。
入試での難問が、高校の歴史教育をプラスに動かす難問なら、それはそれでいいとも思います。確かに授業でも経済史や社会史といった教えにくいところを「飛ばしにくく」してくれましたから。そうした意味で今回の試行テストの「良問」!はいい影響を与えるかも知れません。(逆に一部の問題は高校の歴史の授業を受けても意味が無いと思わせるかもしれません)
問題は何故歴史を学ぶのかを問うことのない歴史教育のあり方でしょう。でもケンカ腰でいうのなら、現代歴史学に対する問いかけ、タコツボにこもりがちな歴史研究にも刺さる問いかけかもしれませんね。
支離滅裂気味で、無礼な物言いをお詫びします。