日比谷焼打事件の史料から(2)~なぜここに残ったのか?

戦争と平和
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日比谷焼打事件の史料から(2) ~なぜこの史料が陸軍に残ったのか?

「史料講読」の苦労談を書き、すこしだけ気にかかっていたことを書いていて、ふと先生の隠しテーマに気づいた。(実は違うのかも知れないが)
予定していた提出時間までわずかである。さっそくパート2を作ることにする。高校現場にいる頃から「やっつけ仕事」は得意である

今回の課題史料は、防衛省防衛研究所所蔵の日比谷焼き打ち事件の実態報告「明治38年自9月至12月暴徒に関する内報綴」(JACAR Ref.C06041160500)のなかの臨秘1・2・4・5号である。気にかかっていたのは、発信者と受信者の関係と、なぜ陸軍にこの史料がのこったのかということである。さらに、日比谷焼き打ち事件といいながら日比谷公園でのやりとりや、首相桂太郎の愛人宅が襲撃されたといった9月5日から6日未明の内容も記されていない。どうも中途半端にはじまった印象が拭えない。
その理由に、すでに示した文章を書いていてふと気づいた。これについて、記していく。

「暴徒に関する内報綴」臨秘第一号末尾 発信者安立綱之と受信者山県有朋の名が見える。

この史料、右の文書に見られるように発信者は警視総監・安立綱之、受信者は元帥・山県有朋である。警視総監は内務大臣直属の勅任官であり、この人物が得た各警察署での状況を赤裸々に伝えた文書をなぜ「元帥山県有朋」に送付しているのか。なぜ内務大臣芳川顕正ではなく山県有朋なのか。
たしかに山県は明治国家ナンバー1ないし2の実力を持つ元老ではある。この間でなぜこの文書がやりとりされたのか、これが疑問の第一である。
さらに山県が個人的に受け取ったとすれば、文書は山県関係文書にあるはずでありなぜ陸軍省の流れにある防衛省防衛研究所保管となったのかである。陸軍がどう関わるのか。
ここまでの内容を考えたところ、大きな見落としに気がついた。

ということで、ここからはトーンを変えて、B大学喫茶部での思考を再現します。



山県からすれば、首相は桂太郎だし、陸軍大臣もやはり長州閥の寺内正毅だし、どちらも子分だ。だから、恐れ多い大先輩で元老のところへも文書を送ったのかな、それなら別の元老のところにも関係書類がありそうだが。そもそも個人的な文書なら陸軍省にその文書が残るのは理屈に合わない。

元帥・山県有朋 当時は参謀総長でもあった。

よく考えると、明治国家は内閣だけに権力が集中していたわけではない。とくに軍の権限は大きい。統帥権には口出しができない。参謀本部だし、参謀総長は・・・。まだ形式的には日露戦争中。「坂の上の雲」に日露戦争の時の参謀総長のことが書いてあった。・・・山県だ。ネットで確認。たしかにそうだ。山県は日露戦争の遂行ということで参謀総長の地位にいた。軍隊が治安出動した以上、事実上の最高責任者山県に連絡が行ってもおかしくない。
 戒厳令が出されたのは9月6日。つまり騒動が最高潮だった一日目の9月5日は、警察が中心となって活動しており、どうしようもなくなって陸軍部隊が出動、後追いになって、6日に戒厳令が発せられた。

 ネットで「戒厳令」をみる。こう記される。
日本では,1882年に太政官布告として制定された。戒厳の宣告は天皇の権能(旧憲法14条)。戒厳が宣告されると,その地域における立法・司法・行政事務は戒厳司令官の権限に移され,住民の憲法上の自由・権利は制限されることが認められた。」(百科事典マイペディア)
何のことはない、戒厳令の布告によって、軍人である戒厳司令官の下に警察組織が組み込まれていたのだ。これにより、警視総監の上司は内務大臣ではなく、一時的に戒厳司令官である東京衛戌総督佐久間左馬太大将となる。しかし総督も参謀本部の指揮下に置かれることから、戒厳令下の最高実力者は山県となり、報告が集中したと考えられる。

 こう考えればこの簿冊の最初の文書が9月7日付けのものとなっていることも、9月5日の日比谷公園での衝突や新富座での混乱、内務省襲撃その他、日比谷焼き打ち事件で必ず取り上げられる事件の文書がないことも納得がいく。
 陸軍=戒厳司令官が治安回復に対し正式な責任を負うのは6日の戒厳令発布以降なのだ。したがって、戒厳令以前の文書は報告がないし、報告される公的な必要もなかった。それは、官僚制におけるルールにもとづき、正統な流れで発信・受信され、保管されたものだったのだ。
 ここまで書いてきてH先生の仕掛けたねらいが見えてきた。なぜ、この史料が陸軍に残ったのかだったのか。なぜ、宛先が山県だったのか。
ということで、レポートその2をさっそく作成することとしよう。事実上の締め切りまであと二時間。

実際に締め切りは翌日の午後でした。締め切りを過ぎたのでUPします。
ちなみにレポート現物はここから見てください。

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