「国籍」法、そして朝鮮の「反日」と台湾の「親日」

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今日は、朝から大学のオンライン授業をうけた。

前半は「国籍」と「地域籍」の問題。戦前の日本帝国においては「日本人」の中に、「内地人」「朝鮮人」「台湾人」がいたという話。なぜ国籍法は台湾人には適用され、朝鮮人には適用されなかったのかなど。そして帝国崩壊後は、その国籍はどのように扱われたのか、現在の在日の人にとって「韓国」籍は国籍であるが、「朝鮮」籍は戦前の「地域籍」としての「朝鮮」籍が残っているだけで、法的には「無国籍」としての扱いであって、決して北朝鮮籍という意味ではないということなど。

ちなみに現在の国籍でいえば「韓国籍」は45万人、「朝鮮籍」は3万人。その背景にあった1984年の「国籍法」改正によって、日韓両国の夫婦から生まれた子どもが成人まで二重国籍をもつことが可能になったことも大きいなど。
後半は、現在の台湾は「親日」といわれ、韓国は「反日」といわれるのか、理由について両者を,植民地以前、植民地統治、植民地統治からの解放後、の三つの時期に分け考えるという中身。
ちなみに、台湾の親日と韓国の反日にかかわる問題については、以下のような文章を、やはりこの先生の授業のレポートとして書いたことがある。
http://jugyo-jh.com/…/%e6%a4%8d%e6%b0%91%e5%9c%b0%e3%81%ae…/

以下は、受講後の小テストの感想欄に書いた文章を加筆、訂正した文章です。

ありがとうございました。よく論点を整理した内容で、いずれの内容も非常に興味深く聞かせていただきました。

私が高校で人権担当をしていた40年前は在日65万人といっていましたが、現在は48万人なのですね。韓国籍と朝鮮籍の人口の割合の変化は80年代から教師を勤めていたものとしては驚異的です。当時はほぼ同数だったと思います。朴政権末期でした。国籍法の問題やパスポートの問題とともに、朴政権崩壊以降の、韓国の民主化の進展(当初はジグザグの動きでしたが)と次第に明らかになってきた北朝鮮のヤミの部分、それに対応した日本での組織の問題などがこうした結果の一因のように感じました。

朴政権下、日本においてもその余波が問題を引き起こしていました。大学時代、友人の友人である在日の学生が「KCIAからマークされている」といっていましたし、大学構内には「キムジハの死刑判決糺弾」という立て看板があふれていました。(学生運動の激しい大学でした)。
共和国の実態はまだ十分に知られていず、朴政権との関わりでまだましなようには見えていました。(実際にはこの時期に拉致事件が頻発していたのですが。)とはいえ共和国も個人崇拝などもなんか変だという感覚も生まれつつありました。「双方」とも「双方」だったため、暗然たる思いをもちつつ韓国の民主化をたたかっているひと(当時のシンボルとしてはキムジハや金大中など)にエールを送っていた記憶があります。

さらに以前、戦前の韓国で発生していたような両国の生徒の暴力事件、「不良同士の喧嘩」が日本の中学生のまわりでも頻発していたことをあとになって知りました。思い出してみると、私が通学していた中学校前に民族学校の生徒がやってきて、先生方が対応のためにばたばたしていたことを思い出します。まさに「パッチギ!」の世界だったのです。なお、私はこの映画の主人公よりやや若い世代です。

台湾の親日と朝鮮の反日の比較、表にしていただいたおかげでよくわかりました。客観的に捉えらることができてありがたかったです。ただ「外国の支配」にたいし、朝鮮は「なし」とされています。「それでいいんだけど、それでいいのかな?」という微妙な感覚があります。朝鮮にとっての清との宗属関係をどう評価すべきなのか、この宗属関係が逆に朝鮮を「小中華」としてのかたくなな方向に向かわせたようにも感じるのですが。
なお、韓国の反日運動のの背景に、この小中華→衛正斥邪思想な感覚の流れを感じることもあります。こうした人たちからすると、先生が「民族運動の主な形態」のなかに加えられた「実力養成運動」は「親日」的で反民族運動と評価されるのだろうなと感じました。

今日の講義では、本当にいろいろと多くの事を考えさせていただきました。ありがとうございました。