「自治議会開設」運動と「参政権請願」運動

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今日(20/6/11)の東北アジア史のオンライン授業がおわりました。
一つは三・一運動にさいしてだされた「独立宣言」文の格調高さです。これは別の場所に投稿しました。

いま一つは、朝鮮における民族運動を「独立運動(武装闘争・外交論・実力養成)」「自治議会開設運動」「参政権請願運動」と3類型に分けるやりかたです。

韓国の「革新」派や共和国の見解からすれば、「独立運動」のうちの武装闘争と外交論以外は「親日派」としてバッサリやられかねませんが、抵抗運動(民族運動とすれば落としてしまうものも出てきそうな気がする・・)としてトータルに捉え、問題性をも含めつつ捉えていくことが重要だと思います。

そのなかで、「自治議会開設運動」「参政権請願運動」の二つの運動のことが気になりました。このふたつは日本帝国内のの、対植民地政策の二つの潮流に対応しているだけでなく、朝鮮の近代化、さらには琉球王国・日本をも含む「植民地的近代化」を余儀なくされた人びとの近代化にも共通する二つの課題とかかわると考えたからです。昔ながらの言い方をすると「反侵略」と「反封建」という二つの課題です。

<以下は感想・意見欄に書いた文章の一部です>
この二つの民族運動のありかたは、「朝鮮の近代化」(実は「植民地的近代」を歩むそれぞれの地全体というべきかも知れませんが)において、一方では対外侵略(ここでは日本)といかにたたかうかという「反侵略」の課題があると共に、他方で旧来の支配者(ここでは李朝)がおこなってきた前近代的な支配(「苛斂誅求」)に対する抵抗運動(昔の言い方では「反封建」の課題)に対応しているように思えるのです。
自治議会論は前者の「反侵略」に見られる民族主義に、参政権請願論は「反封建」のながれを引いた権利拡大の流れに対応しているのではないかと考えました。
同時にこの二つは、日本側の特別統治論と内治延長主義にも対応しており、特別統治論は総督府の独裁的な権限の維持を図るものですが、結果として朝鮮の独自性を強調することで朝鮮民族の独自性を認め自治議会論の議論につながります。
他方、参政権請願論は李朝以来の民衆の無権利状態を、完全な「日本臣民」になることによって日本臣民並みの権利を獲得しようとするもののようにも見えます。それは政党などの内治延長主義の具体化であったことは明らかでしょう。
こうして考えれば、この二つの潮流は日本を含めて「植民地的近代化」を余儀なくされた諸民族の二つの課題に即したものであったようにおもわれました。
どちらの議論も日本帝国からすれば受け入れがたいものであったことには変わりなかったと思います。